Interview
041
Linking Work & Life
2026.03.11
物流管理スタッフ
- 物流管理
- フォークリフト
- 新卒入社
どんな状況でも、現場を大事にしたい
- 入社した年
- 2004年
- 休日の過ごし方
- 妻と買い物(運転手)
- プライベートでの目標
- 若いころ乗っていたバイクにまた乗ること

< 入社のきっかけ >
入社の決め手は説明会。どこか引き込まれる魅力を感じて
私が入社したのはもう、20年以上も前のことです。当時はまだSBSロジコムではなく、東急ロジスティックという社名でした。高卒で入社したのですが、私は物心ついたころから車やバイクが大好きで、ずっと乗り物に関わる仕事に就きたいと思っていたんです。
高校は工業系。就職しやすいからと入ったのですが、自分には向いてないことにすぐ気づきました。私の場合、いじるよりも乗る方が好きだし、そもそも手先が器用じゃないんです。なので、乗り物に関わるにしても、整備とか工業系の仕事はやめようと思いました。
東急ロジスティックという会社を意識しだしたのは、何気ない日常の一コマがきっかけです。高校のとき、通学路が多摩川の土手だったのですが、自転車で通っていたときによくトラックを見かけていたんですね。毎朝同じロゴを見かけるたびに、「あ、また走ってる」って。特別な意識はなかったと思うんですが、どこか印象には残っていたようです。
その後、就活が始まり、たまたま参加した合同説明会で東急ロジスティックのブースを見つけました。何気なく話を聞いてみたところ、そのときの担当者の方にどこか惹かれるものがあったんです。うまく言葉にするのが難しいのですが、ただ説明が分かりやすかったというより、想いが伝わってきたといいますか「こんな人と一緒に働きたいな」という感覚に近いかもしれません。
入社後に分かったことですが、この方は社内でも慕われている人でした。直接「あなたがきっかけです」と伝えたことはありませんが、あれからもう20年以上もここにいますからね。あのとき私が感じた印象は、やっぱり間違っていなかったんだなと思います。

< 仕事で心掛けていること >
新社員のときに叩き込まれた、「まずは現場を考える」こと
今いる支店は、ある小売企業さまの専用センターです。加工食品を扱う在庫型のDC棟と、お菓子や生活用品を扱う通過型のTC棟があり、それぞれで庫内管理を行っています。この支店が立ち上がったのは2004年。ちょうど私が入社したタイミングでした。
文字通りゼロからのスタートでしたので、目が回るほど忙しい日々。立ち上げ直後は仕組みも整っておらず、毎日が手探りです。物量は増えていくのに、人は育っていない。何が正解か分からないまま、とにかく目の前の仕事を必死でこなしました。
体力的にもきつかったですが、それ以上に大変だったのは、「どうすれば現場が回るのか」常に考えなければならなかったことです。やりながら覚えるしかなくて、たくさんの失敗を積み重ねてきました。ただ、その時期に支店の立ち上げという大仕事を経験できたのは大きかったと思います。作業の流れ、人の動き、数字の意味。机上ではなく、一つひとつ体で覚えていけたので。
今でこそ立場は変わりましたが、判断するときの基準はあのころと同じです。机上の数字だけでなく、現場のことをまず考える。この感覚は、あの時期に叩き込まれました。ゼロから始まったこの支店の成長と、自分の成長は重なっています。忙しかった時代も含めて、あの経験が今の自分の土台になっているんです。

< 印象に残っている出来事 >
いちばん難しいのは“人”。でも、いちばんやりがいがあるのも“人”
これまでで特に印象に残っているのは、業務委託契約を結んでいた協力会社を解約し、自社雇用へと切り替えたときのことです。私たちの支店は、センター立ち上げ当初から協力会社と一緒に現場を運営してきました。ただ、運営体制やコストの見直しを進めるなかで、「自分たちでやる」という選択をすることになったのです。これは言葉にするとシンプルですが、簡単にできることではありません。
委託で回っていた仕事を、すべて自社で引き受けるということは、自分たちで人を採用し、育て、定着させなければなりません。はじめにぶつかったのも、やはり人の問題でした。思うように人が集まらず、入ったとしても、長く続きません。教える側の負担は増すばかりで、正直、現場の空気が重くなる時期もありましたね。
それでも、採用方法の見直しや教育の手順整理、配置の微調整など、現場と何度も話し合いながら、ひとつずつ精度を高めていきました。そして、最終的には月間でおよそ300万円の経費削減を達成。ただ、正直に言えば、「やってよかった」という実感を得られるまでには時間がかかりました。数字が出てきていても、現場が本当に安定したと言えるまでには4〜5年ほどかかりましたから。
この経験を通して感じたのは、やはりいちばん難しいのは「人」だということです。そして同時に、いちばんやりがいがあるのも「人」だということでした。
< 仕事を続けられた理由 >
「前はこうだった」では、次に進めないと思うから
振り返ってみると、20年以上もこの仕事を続けてこられた理由はひとつかもしれません。それは「固定概念をつくらない」ことです。物流の現場は常に変わります。扱う商品も、物量も、そして人も。当然、会社の体制だって変わります。そのたびに、「前はこうだった」と言っていては次に進めませんから、私は自分のやり方や考え方に固執しないことをいつからか意識するようになりました。
若いころの自分を知っている人が今の私を見たら、ずいぶん変わったと言うかもしれません。確かに、以前は自分のやり方を押し通すようなこともしましたが、今はまず現場の声を聞くようにしているんです。いつも自分が正しいとは限らない。そう思うようになってからは、自然と仕事の進め方も変わっていきました。
休日はというと、特に趣味があるわけではないので、今は妻の買い物に付き合い、運転手として“足”になっていることが多いですね。若いころはバイクにも乗っていましたし、やはり乗り物は好きです。最近はなかなか時間もありませんが、またいつか乗れたらいいなと考えています。
10代のころ多摩川の土手でトラックを追っていた自分が、今も同じ場所で働いている。そう思うと、長い時間のなかで、自分なりのかたちをつくってきたのかもしれません。これからも何か大きなことをするというより、その時々の変化に合わせながら、目の前の仕事と向き合っていくだけです。
< 入社を考えている方へのメッセージ >
特別な覚悟がなくてもまったく問題ないと思います。私も大きな目標があって入社したわけではありませんから。ただ、「ここで働いてみたい」と思える何かがあるのなら、ぜひその想いを大事にしてください。
ライター:清水海斗
カメラマン:氏家岳寛
(インタビュー取材 2026年2月)
取材メモ:
気さくで話しやすく、ユーモアを交えながらもどこか渋さを感じさせる方でした。
お客様との厚い信頼関係から、長年積み重ねてきた誠実な仕事ぶりが伝わり、
ご本人は「真面目じゃない」と笑っていましたが、その言葉とは裏腹に随所に実直さがにじんでいました。
20年の間に大きく変化する現場を柔軟に乗り越えてきた経験の深さも印象的。
